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鯰絵とは

安政2年(1855)10月2日に起きた安政江戸大地震災害時の世相を擬人化した錦絵です。
たった2年の間に爆発的な人気を呼んだその理由や「鯰と言えば地震」といったイメージの所以などを研究し、
独自に作成した年代記(鯰年表)を用いて新たな「鯰と地震」の関係性を見出しました。
(「鯰絵と鯰の民俗」2011)このテーマには、考古学、民俗学など多角的に研究することによりまだ謎が多く残っています。
私は今後もその研究を続けていきたいと思っています。
ご関心をお持ちな方は、お問い合わせからお気軽にご連絡いただければと思います。

オリジナル鯰絵動画も制作しました。
よろしければご覧ください。






Gratitude for catfish( 鯰の恩返し)

Gratitude for catfish Had been referred to as "catfish earthquake happens when the rampage" in old Edo.
Catfish usually,I have been pressed by the stone as by Daimyojin Kashima,
It is what happened on the day that the absence Daimyojin Kashima.
Was a great earthquake would occur two years Ansei.
A lot of people were homeless. Moreover,it had divided people became happy
by the work, to the person who becomes unhappy.
Artisan work is increased,Prostitures will not be able to luxury,
Rich,we would have to donate the money they're saving.
Anger of the people,went to the catfish. Catfish is reflection,I began to help the reconstruction.
Catfish was prayer "I hope it will be able to life soon everyone is laughing."
And to a hard form of catfish, and the hearts of people on they were healed.

昔江戸では「ナマズが暴れるから地震が起こる」と言われていました。
普段のナマズは、鹿島大明神の要石によって押さえられているのですが、
鹿島大明神が留守をしているときに安政の大地震が起きてしまったのです。
たくさんの人々が家をなくしました。 仕事によって幸せになる人と不幸になる人に分かれました。
職人は仕事が増え、 遊女は贅沢ができなくなり、 お金持ちは、貯めていたお金を寄付しなければならなくなりました。
彼らの怒りは、ナマズへ向かいました。 ナマズは反省し、 復興の手伝いをはじめました。
「もうすぐみんなが笑って生活することができるようになるといいな」 と、ナマズは祈りました。
そして、ナマズの一生懸命な姿に、人々との心が癒されていきました。

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